令和3年1月、Twitterを中心にお声掛けした皆様と『新春PTAデトックスZOOM祭り』と題して、Zoomミーティングを開催しました。
 昨年末には、Zoom茶話会&飲み会「それでもここまでやりました!『つながり直しwith コロナ」で、時間を忘れてトークの花が咲きました。

 コロナ禍で、PTAも家庭も仕事も地域社会も、例年にはない大変さがあり、逆に例年あった苦労がなかったり。「皆さん、どうしてる?」という話で毎回盛り上がりました。特に「今年度は休止」と早々に決められたPTAと比べ、町内会・子ども会の活動は、できる範囲でやっているところが多く、地域の知恵と工夫のお話に、思わず元気を頂戴しました。
 PTAに関しては、コロナがあろうとなかろうと、役員や会長クラスともなると何かと大変。活動自体はほぼ自粛だからこそ、業務内容の見直しや書類の整備に着手したPTAもありました。
 PTAガチ勢の皆さんからは、「コロナ禍の今だからこそ、新しいつながり方を模索したい」という熱意が感じられました。

今まであった『つながり』を、コロナでなくしていいのか?

 「正解なんてあるのかないのか分からないけど、この『つながり』をゼロにするのはまずいよね」と、そんな使命感にも似た感覚とでもいいましょうか。

 使命感とはいいながら、中には、唐突に降ってわいた重責に戸惑いながら、五里霧中で活動しておられる新米PTA役員の方々もいらっしゃいました。
 その着任当時のエピソードを聞くにつけ、「わー、むちゃくちゃやな!」と憤りつつも、PTAとはいえ、そのような強引な人事に至る背景には、地方都市の人口減、地域の担い手不足の問題があるのだろうと思えば複雑な心境です。

令和2年12月開催 Zoom茶話会&飲み会 ウェブチラシ

PTAの諸問題、PTAだけの問題か?

 PTAという、名前ばかりは知られていても社会的関心度から言えば超マイナーなテーマでしつこくイベントを打ち続けている弊社です。しかも大人数が参加できるセミナー形式ではなく、あくまでも少人数、平座で語り合うスタイルにこだわります。
 会社としてこのテーマで儲ける気があるのかとか言われてしまうことが多々あるのですが、(まあ、そうですよね…)としかお返事しようがありません。だがしかし、どうしても放っておけないものがある。

 『PTAは社会の縮図』というのが弊社の持論であります。
 PTAって、基本的には子をお持つ親や保護者の集まりですよね。それプラス学校や地域によっては自治会や青少年健全育成会などの地域団体が密接に連携している団体です。この辺の構成員の内訳やステークホルダーの有無、会員一人一人の熱意の相場感などは強く地域性の影響を受け、団体個々に大きなばらつきがあります。
 PTAのメインプレーヤーたる保護者各位は、基本的には社会人です。職業のある人もない人もさまざまですが、広義においては社会人。つまり100%大なり小なり子育てに関わっている社会人によって構成されているのがPTAなのです。
 PTAの構成員は、誰もがみな社会人として職場や家庭、地域社会の影響を強く受けつつ、日々、保護者として子供を守り育てている。子供たちは家庭や学校の影響を色濃く受けながらやがて大人になり、社会を形成していくのです。

 PTAにさらさら興味がないという方々は本邦には大勢いらっしゃいましょう(というはほぼほぼ全国民がPTAには興味ないよね)。
 だがしかし、PTAとさらさら関係がないと言い切れる人は、実はいないのではないか。 コミュニティ支援をなりわいとする弊社としては、このPTAと社会との密接不離な関係性に常にフィーチャーしています。
 今回は、まずは取り急ぎこの年末年始のZoomイベントで得た学びをご報告いたします。

SNSではつぶやけないことがZoomでなら言える

 ZoomでのPTAトークは、基本的には「外に出したらあかんやつ」の交換会みたいなものです。
 参加者の中にはPTA10年戦士の歴戦の猛者から、今年度役員になったばかりという人まで参加者はさまざまですが、「まじですか」という耳を疑う体験談を持っているという点においては、ベテランも新人もありません。それがPTAという沼です。

 特にPTA役員ビギナーの方の体験談は、「あるあるー」の連続です。時空を超えた既視感でいっぱいです。
 この理不尽の連鎖。なぜわれわれは、無料でこんな苦労を背負わねばならんのか。PTAって一体全体何様ですか。腹立つわ。
 と、ここまでは地元のPTA友達からもよく聞く話なのですが。
 この年末年始のZoomの場合はそれプラス、ちょっと聞き捨てならない情報が多々寄せられました。

ネット情報に翻弄されるPTA役員

 インターネット、特にTwitterで見つけた「これが正しいPTAの在り方だ」というお手本を自分の所属するPTAの本部役員に突き付けてくる保護者がいる。

「どこかのPTAでこういうやり方をしたらすごくうまくいったみたいだから、うちでもやってみませんか」と提案するとかいうフレンドリーなノリではなくて、
このやり方でないから、うちのPTAは違法だ
みたいな、きわめて剣呑な態度で、ネットで見つけたお手本片手に、文字通りPTA本部や校長室に乗り込んでくるというのです。
 おまえら、訴えてやる!と言わんばかりの、ちょっとした道場破りみたいな様相。
 その道場破りみたいな人(いささか失礼な表現ですが、文脈の便宜上そう呼ばせていただきます)は、ご自身の主張から一歩も譲らず、PTA本部や学校側の説明は一切受け入れず、話し合いは終始平行線。
 確たる理想像はあるものの「だったら一緒に実現させていきましょう」とお誘いしても断固拒否。最後は「自分の理想のPTAとは違う」ということで、PTAを退会されて『非会員』の道を選んでいかれた例も多々。

 これをやられたPTA役員の方はたまったものではありません。
 学校も、最後は「保護者会員同士で話し合ってください」と丸投げをするケースも散見します。その場合、ボランティアでやっているPTA役員がすべての矢面に立って、怒涛のようなご批判を一身に浴びることになる。
 中にはすっかり意気消沈して「こんなことならPTAなんてなくしてしまったほうがいいのでは」とメンタルにダメージを受ける役員もいるという。

リアルの汗を完全否定するネット基準の『適正化』

 実は前野も身近なところでこの手の話を聞いてきました。
 Zoomだけでなく、TwitterなどSNSでのやりとりやリアル友達の体験、チャネルはさまざまです。
 私が聞いた限りでは、道場破りみたいな人は、別段PTAで自分自身が嫌な思いをしたというわけではないようです。
 どこかで誰かが嫌な思いをしたというネット情報や、身近な目撃情報から(つまりご本人から直接気持ちを聞いたわけではない)「PTA=悪の軍団」というイメージを堅牢に構築されて、わが子の通う学校のPTAに対しても、のっけからダメ出しモードです。そして、「(ネットで見つけた)このやり方以外は、認めない」と、自校のPTA本部役員や学校に『適正化』を迫る。

 そもそも『適正化』の適正とは、誰のどのような基準に基づいているのかという点は、道場破りのシーンにおいては明示的に語られません。
 具体の『適正化』の適正基準はインターネットで流通中の定めによるところなのですが、それがその学校PTAの現状に即したものかどうかという議論は、断固拒否。何が何でも『この通り』でなくては駄目だという勢いです。

 『PTAの適正化』という言葉の響きは結構ですが、だったら今まで頑張ってきたPTAの人たちはなんなのでしょうか。100%間違いで、不適正だというのでしょうか。「PTAに改革を!」とかこぶしを上げて叫ばれましても、喜べる人ばかりではありません。

 白か黒かを相手に突きつけ、正義と悪を断定せずにはいられない。
 このノリ、一体何なのかしら。

 これが今、インターネットで「PTA」と検索すると出てくる世界で繰り広げられる現象です。おそらくは、このような言動に出る保護者は全国的には極めてまれで、ごくごく一部でしょう。ごく一部とはいいながら、彼らは100%子を持つ親です。

 この現象は「PTAで」起こっているというよりも、「PTAでも」起こっているといった方が正確かもしれません。PTAが絡むとなるともれなく子供がとばっちりを受ける以上、ネットの悪ふざけの域を越えつつあると感じます。

PTAはローカルな烏合の衆である

 津々浦々で「PTA」と同じ名前を名乗っていても、存在意義も条件も、大きく異なるPTA。構成はその時その場でたまたまわが子が同じ学校に通っていただけというローカルな烏合の衆。しかも任意団体。それがPTAなのです。

 そのローカルな烏合の衆たるPTAが、全国統一基準でもって、同じ活動メニュー、同じ運営方式で存続すべきなのでしょうか。たった一つの、あるいはごく少数の要件で定義された『適正化』に向かわねばならぬと強弁するのが妥当でしょうか。

 前野としては、インターネットで喧伝されているその『適正化』、具体の基準や主な論点は、商売柄じゅうぶん存じ上げております。あえてここでは書きませんが、それ自体、悪いものではなかろうという見解です。
 ただし、ただしですよ。
 だからといってインターネット情報を根拠に、目の前でみんなのためにと汗をかいている人たちの努力の全てを完全否定していいものでしょうか。
 もちろん、「みんなのために」というその内容は、それこそ、よくよく話し合う必要があるでしょう。
 それらすべては、その時その場の構成員で話し合い、工夫して「じゃあ、どうすればいいかね」と試行錯誤で進めていけるりあるがあったらいいよね。

 Zoomの仮想空間でしみじみ話し合ったのでした。

 でもね。
 ソリューションはあります。きっとある。
 ありますが、ここでペロッと書いてしまえる話ではありません。
 こうしている今も、ネットで多くの言説が生まれ、曲解が誤解に拍車をかけて、発言者の意図せぬところで多くの人を苦しめているのです。皆様の大切なリアルワールドにいかに寄り添い、いかに支えていくのか。
 個々の現場のきもちに即した、その時その場に最適なしくみの構築するしかないよね。

 それでは皆様、2021年も旧年に倍してどうぞよろしくお願いいたします。

 おっと、最後にもうひとつ。

≪予告≫ウェブ読書会 やります

 近々、こちらの本でウェブ読書会を企画したいのですが、皆様、いかがでしょうか。

 カギカッコつきの「PTA」に関しては、リアルもネットも情報が入り乱れ、それぞれに正義合戦を繰り広げているという様相です。
 これでいいのだろうか。
 われわれは、たった一つの『適正化』に向かわねばならんのか。
 自分の身近なリアルワールドで困っている人がいても「そんなの例外だ」と切り捨てて、なかったことにすべきだろうか。
 
『未来の戦死に向き合うためのノート』(井上義和 創元社)は、直接的にPTAを扱った本ではありません。あえていうなら役員決めのお知らせを赤紙と読んではばからないPTA業界にとって、「戦死」というテーマは決して他人事ではないわけですが、本書で書かれた「戦死」ってそういう意味ではないような。いや、いや、だからこそ、そういう意味を意識して読んでみたらばどうだろう。

 読書会に先駆けて、当方の感想文などまた改めて当ホームページに掲載します。その前に、ぜひともこちらをポチッ!と。kindleもあります。

前野芽理

この記事は、(株)きもちとしくみ主筆 前野芽理が書いています。 コラム、販促記事などの執筆のほか、司会業、セミナー支援も承ります。

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