天神祭とお兄ちゃん、そして地域に根づくということ。

最近SNSではPTAや町内会の関わり方について皆さん色々発信されていますね。
都会の大阪にも地域コミュニティを見かけたのでお話させてください。

このコラムは、きもちとしくみ主筆 前野芽理のPTA友達に書いていただきました。
忙しい子育ての合間をぬって、資料を作ったり、IT化を推進したり、PTAをキーステーションに地域と子どもと保護者をつなぐ活動を頑張っている彼女。その頑張りの原動力のひとつなのでしょうか、心の原風景のようなエピソードです。

私の母方の親戚が(80歳半ば?)いま大阪天満宮の近くに住んでいます。元々は紀伊半島の山深~い集落の生まれなんです。

私は中学生まで大阪の南河内に住んでいたのでそれまでほぼ毎年、天神祭の日にはおばちゃんの家に遊びに行ってました。日本三大夏祭りなので日本最長の天神橋筋商店街にも、夜店がメチャクチャたくさんあって行くたびにワクワクしてましたね。

私が小1くらいの頃はおばちゃんの子どもさんは、高校生くらいのお兄ちゃんと中学生くらいのお姉ちゃんがいました。
天神祭では陸渡御と船渡御というのがあって、天満宮から神様とその一団が長~い行列になって練り歩きその後船に乗ります。お兄ちゃんは獅子舞をお姉ちゃんは傘をもって踊っていて華やかで素敵でした。その行列はおばちゃんの家の前を通るので家の前から見てましたね。
そういえば私の弟がお兄ちゃんの獅子舞に頭を噛んでもらって大号泣してました(厄除けなんですけど)。

母から聞いたのですか、お兄ちゃんは成人してから祭を支えるグループの何かの役についたそうです。(Wikipedia調べで天神祭には「講」という祭を支える集団があるそうです)
獅子舞のお兄ちゃんもカッコよかったけど、少し偉いさんになって楽しそうに若手を導いてたのも素敵だったなぁと。

そんなお祭り好きなお兄ちゃんは亡くなってしまったのですが、お葬式には天神祭関係の方も大勢参列されてお焼香では親戚よりも長~い行列になってました。
おばちゃんは私の母に「私は田舎から出てきたし旦那も地元の人じゃないのに祭の役ができたなんて…あの子は凄かったわ」と言ってました。

日本全国の祭というと括りは大きいですが、その土地の人々が農耕の恵みに感謝だとか厄払いや慰霊とかに関わっていく。
私は具体的にお兄ちゃんが「講」というしくみの中で、どんな活動をしていたかは知りません。
ですが余所から来た夫婦の息子が、祭を支える濃いコミュニティに馴染めたのは凄い!と田舎出身のおばちゃんは感じた訳です。
祭って地元代々の有力者が仕切ったりするイメージがあったのに、大阪のど真ん中に独自の支え合いをする仕組みがあったんだなぁと。

お兄ちゃんはきっとお祭りが楽しくてコミュニティに関わったけど、先輩方に徐々に信頼されて役を任された。それはどのくらいかかったのだろうか…まだ若かったからもっと天神祭に関わりたかっただろうし色々と心残りだろうなぁと。
天神祭を支える「講」も戦後できたものもあるみたいで、今もお祭りに関わっておられるお元気なシニア世代からお話が聞けたら面白いだろうなぁと思いました。

去年はコロナで中止になった天神祭ですが、どうやら今年も神事のみで陸渡御と船渡御と花火は中止らしい。
また安心して行けるようになったら、我が子を連れて夏祭りのワクワクを感じさせてあげたいと思います。

この記事は、(株)きもちとしくみ主筆 前野芽理が書いています。 コラム、販促記事などの執筆のほか、司会業、セミナー支援も承ります。

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