議員さんインタビュー:いわき市議会議員 小野 潤三氏

いわき市議会議員 小野 潤三 氏

プロフィール:(小野潤三オフィシャルサイトより抜粋)

昭和40年2月15日 福島県いわき市生まれ。慶應義塾大学経済学部卒。
平成6年、実家のシオヤ産業株式会社に入社。
磐城JC(青年会議所)といわきJCでまちづくり活動。平成17年には日本JCで全国に市長選の公開討論会を仕掛ける。
平成20年、小名浜まちづくり市民会議、いわき港まつり(現いわき花火大会)実行委員会、小名浜スタンプクラブ3団体の事務局長(2年間)。
平成24年、市議選初当選。現在3期目

議員の社会的地位は、世間のイメージほど高くない?

――このインタビューは、『いまさら共助といわれても!?』というテーマのもと、身近な共助やまちづくりに取り組む皆さんのヒントになるお話をお伺いできたらと考えています。まちづくりを語る上で欠かせない存在として市議会議員があるわけですが、ぶっちゃけ、われわれ市民にとって市議会議員は、かなーり遠い存在です。

小野: うーん。そうですね。議員といえば社会的地位が高いと思っている人が多いと思うんですけど、実はあまり高くないんじゃないかと最近思っているんですよね。

――そうなんですか。

小野: だって昨今の世論は、「議員の数は多すぎるから減らせ」とか、「議員報酬は多すぎるから減らせ」とか、そんなのばかりでしょう。議員なんて安月給で我慢して、しかも人数なんか少なければ少ないほうがいいんだという発想が日本中に蔓延しているわけです。だったら議会も議員もなくしてしまえばいいと思いますけどね。議員はほとんど尊敬されていません。それはそれでいいんですけれども、その人たちが社会の意思決定をしているという現実はもうちょっとちゃんと考えて欲しいとは思います。誰が議員になってもまちは変わらないと思っている人が多いですが、それはそうではないんです。

「誰が議員になってもまちは変わらない」は間違い

小野: 議員は尊敬されていないので、なりたい人は多くありません。一方で、偉くなりたいとか先生と呼ばれたいという人は一定程度いて、そういう人が手を挙げてなってしまうケースはけっこう目にします。だから、議員の質は十分高いかというと、ちょっと疑問ですね。本当にこれぞという人が議員になるような土壌を作れるかどうかは、ひとえに市民、有権者にかかっています。

 私を知っている人は私のことを評価してくれます。だけど、知らない人から見たら、「どうせあいつもろくなことしてないんだろう」としか思われていないかもしれません。それではいい議員は育たない。能力の高い人がこの現状を見て、「じゃあ自分が議員になって地域のために頑張ろうかな」と思わないわけですよ。よほどの物好きか、さっき言ったみたいに自分のために議員になっちゃう人ばかりになってしまいます。

 ですから、市民の皆さんには議員というものをもう少しきちんと評価してもらいたいし、議員が何をやっているか、意識してちゃんと見てもらいたいというのはありますよね。

――そのために何かされていることはありますか

小野: 私はときどき座談会的な場を設けたりはしています。

――いわゆる『顔の見える関係づくり』ですね。ママランチに呼んだら来てくれるぐらいの勢いだったらうれしいかも。

小野: 呼ばれれば、私はどこへでも行きますよ。呼んでもらえればね。ママ会は、今まで呼んでもらえてないから、まだ行ったことないですけども。

――呼んじゃえばいいのにねって、私、本当にそう思います。

小野: 呼んだらいいんじゃないですかね。人は選ぶ必要がありますけど。

――たしかに。

役所と議員と市民は「じゃんけん」の関係

――ママ同士の子育ての愚痴を聞いたりすると「どうしてそれを行政の窓口の人に直接ぶつけないのかな」と思います。愚痴言いあって「私も!」とか言ってスッキリ、だけじゃ世の中変わらないでしょう。でも、そのような『市民の声』を行政に伝えることにハードルの高さを感じる人は、やはり少なくないようです。

小野: 市民と行政の橋渡しは、市議会議員の本来業務に近いと思います。私はよく『じゃんけん』というんですけどね。役所と議員と市民の三者は『グー・チョキ・パー』の関係です。役所は市民に強い。役所がこうと言ったら市民は聞かざるを得ない。しかし、役所は議員に弱い。議員が言ったら役所の人はどんな言葉でも無視はできない。そして議員は市民に弱い。「おまえに票を入れないぞ」と言われたら困っちゃうので。

 住民の声が通らないことも少なからずあります。個々の行政マンの資質によるところもありますけれども行政の体質というのもあるので、そこを議員を通して言うことによって、少なくとも話だけは聞かせられるというところはあります。そういう意味では議員を活用したらいいと思います。

 議員は万能ではないので、理屈の通らないことを通すことはできません。ですが少なくとも議論の俎上に載せる役割は果たせるので、そもそも耳を貸してもらえないみたいなときに議員を通して行政に話をしてみることは有効でしょう。

――そうなると、次に「どの議員さんに言えばいいのかしら」となりますね。

小野: そうですね。それぞれ選んでもらうしかないですけども、普通は地元の人とか、政党的に近い考えの人ということになるでしょう。

 議員と個人的な関わりを持っている人はそんなに多くなくて、全く接したことがない人が圧倒的に多いですけれども、少し関心を持ってもらって、ちょっと話をしてみることはあった方がいいんじゃないですか。市民にとってもいいことですし、我々もいろいろな人から話を聞くのはプラスになります。

市議会議員としての取り組み

「エネルギー産業のまち」という地域特性を生かして、次の産業をつくる

――というわけで、いよいよ市議会議員・小野潤三の実像に迫っていきたく思います。小野さんが議員として、特に注力している取り組みは何ですか。

小野: 私の市議会議員としての政策の組み立ては、常に「経済」が最初です。いわき市の経済の力、産業の力を高める。経済力がないと、例えば福祉をやりたくてもそのためのお金が出せなかったりということになるので、まずは産業の力、経済の力が必要です。

 今までのいわき地区は、「エネルギー産業のまち」でした。近くに原発があり、今も火力発電所があります。もとをたどれば石炭産業のまちでしたから、ずっとエネルギーとともに歩んできた地域なんです。この特性を生かして次の産業をどう作っていくかが大きいテーマです。また、いわき市は工場誘致でも成功してきました。

 ポストコロナの時代を見据えれば、今までのやり方が通用するとは思えません。全国ほとんど全ての地域で人口が減っていく中、放っておけば衰退していきます。人が減るのは食い止められませんけれども、その中で地域の活力を維持していくかが、どこの自治体においても一番根幹のテーマですよね。

 いわき市の中で今後どういう産業を作り、域内循環を作っていくか。たとえ人口が減っても活力が維持できるだけの地力を作る。その上で、持続可能な社会をどう作っていくかです。コロナ禍もあるので、ワーケーションのように都市部から地方に人や企業が移っていく流れも生まれています。そういう動きを敏感にキャッチしていくことが必要になってきます。

 もう1つ大事ことは「教育」だと思っています。これからの社会を担っていける人間をどう育てていくかという、人材づくりにも力を注いでいます。

お願いベースじゃ物足りない~市民団体のやりがいと限界~

――市議会議員を目指したきっかけはありますか。

小野: 話せば長くなりますが、社会に対する関心は若い頃からありました。それがベースではありますけど、30代の約10年、青年会議所で活動していたことが大きいですね。青年会議所に所属できるのは40歳までなので、40歳過ぎて今度はいわき市の中の小名浜という地区で3つのまちづくり団体の事務局長をやることになりました。そこで、行政といろいろやり取りしながら、2~3年間、まちづくりに関わりました。

 3団体の1つは『小名浜まちづくり市民会議』。活動は多岐にわたるものでイベントも含まれましたが、基本は政策づくりです。もう1つは『いわき港まつり(現いわき花火大会)』。これは年に一度花火大会を行う実行委員会です。もう一つは『小名浜スタンプクラブ』という商業者の集まりです。

おなはま海遊祭が終わって、メンバーと記念写真。
(小野潤三オフィシャルサイトより)

 まちづくり団体は資金がありませんから、まちの再開発を自分でやることは難しいんですよね。イベントなどのソフト事業はやれますが、ハード事業は行政に頼らざるを得ない。要はお願いベースなわけです。行政が駄目と言ったらもう進まない。そこに物足りなさも感じましたし、もうちょっと意志決定に近いところで本格的に仕事をしたくなったというのが、議員になった直接のきっかけです。

 実家の会社に十数年勤めていましたが、もともと商売とかお金とかに興味が薄くて、事業を大きくしてお金を儲けようという動機はあまりない。それより社会的なことをやる方が向いていると思いますので、自分の適性や興味に従ってやってみようかなと。

――どちらかというと、ケア事業のような福祉的なものではなくて、まちをぐいぐい引っ張って、行政を動かしていこうという活動なんですね。

小野: そうですね。行政だけではなくて、「社会を」ということですね。

東日本大震災は『ゼロポイント』

――市議会議員に立候補したときの思いをお聞かせください。

小野: 初出馬は平成21年、いわき市長選挙に伴う補欠選挙でした。市長選挙に県会議員が出馬したのでその補欠選挙が行われることになり、そこに市議会議員が出たのでその補欠選挙がということで、トリプル選挙だったんです。そのとき市議補選は立候補者が多く激戦になって、私は次点で終わりました。

 支援者とも話し合い、3年後の本選に再度挑戦することを決めました。その3年間のちょうど中間の1年半が過ぎたとき、東日本大震災がありました。沿岸部は津波で壊滅し、原発事故も近くでありましたから、放射能の不安もある中、まちをどう立て直すかが1期目の一番大きいテーマになりました。

 平成24年に立候補した人はみんな復興をどうするかが論点でしたが、それは私も今に至る議員活動の出発点になっています。戦後の日本社会を語る際、1945年を原点としてその後の社会のありようが論じられますよね。東日本大震災で被災した地域は、震災が原点であり、『ゼロポイント』です。そこからどう地域を作っていくか。いわき市だけでなく、東北の太平洋側の地域はみんなそうだと思います。

放課後児童クラブの立ち上げ支援

――市民団体のほかに、PTAでも頑張っておられたそうですね。

小野: PTA会長は子供の幼稚園から高校まで一通りやりました。

――PTAというと、時折ニュースになる日本PTA全国協議会の提言のイメージが強いのですが、やはりPTA活動でも市議会議員を志す出来事などあったのでしょうか。

小野: それはないですね。PTAの仕事は学校の中のことですから、PTA活動の中から政治を変えていこうという発想ではないです。

――では、市議会議員としてPTAと関わったご経験もないのでしょうか。

小野: それはいろいろありますよ。例えば、うちの子供が卒業した小学校の放課後児童クラブの立ち上げのお手伝いをしたことがありましたし、他の学校の保護者からも相談を受けました。市がクラブを次々と整備しているときに、たまたまその学校は流れに乗り遅れていました。

――そこは行政主導で、とはいかなかったのでしょうか。

小野: 役所は強引に物事を進めるわけではないので、学校サイドが消極的だと進まないことになります。私の場合、入学予定の保護者の方からご相談を受けたのが、携わるきっかけでした。その方は、児童館の職員から「放課後児童クラブの立ち上げの要望を出してみないか」とお声掛けいただいたそうです。ただ、実際に保護者個人でアクションを進めるのは限界があったようでした。

 私は校長先生や当時のPTA会長にアクションを促す一方で、入学予定の保護者や市の担当課と連携して、在校生保護者のニーズを調べるアンケート作成のお手伝いや利用者となる保護者の会の立ち上げなどを支援しました。

――小野市議は、お子さんの卒業後も読み聞かせボランティアをなさったりして、学齢期の保護者と関わる機会が多いですよね。ご自身が現役PTA会長だったころと比べて、今のPTAは変わったと感じられますか。

小名浜東小で月に1回の読み聞かせ

小野: いや、どうかな。私がPTA会長を最後にやったのは4~5年前ですが。そんなに変わらないですよ。変わらないし、例えばPTAがほとんど機能していないみたいな学校はないと思いますよ。

 もちろん中にはPTAをやりたがらない人もいるので、どう参加を促していくかで各学校苦労はしていると思います。だけど私の経験からすれば、PTAをやって悪いことはあまりない。もちろん時間も割かれるし、いろいろ手間暇はかかりますが、すべて子供たちのためになることなので。保護者としてサービスを受けることだけを求めるのがいいとは思えません。みんなでバザーをやったり運動会の手伝いをやったり、奉仕活動、図書ボランティアと、やればやったなりに何でも楽しいですよね。

まちづくりにかける『想い』を社会実装する

市民サービス集約型施設の実現に向けて

――最近手掛けているまちづくり事業についてお聞かせください。

小野: 小名浜というエリアで、立地適正化計画に基づいた公共施設の再編を図ろうとしています。私はまちづくり団体のメンバーという側面と議員という側面があるので、両方の立場から行政と交渉しています。現在地域にある支所、市民会館、公民館、図書館は築50年前後になっていて、機能性が大幅に低下しています。そこに保育所、武道館なども含めて、複合施設として合築しようという提案です。市民に必要な公共施設を集約化することで機能性を高め、都市機能も高めていけると考えています。私が提案してまちづくり団体もそれでいこうということになり、行政サイドに働き掛け、議論をスタートしているところです。

――市民の皆さんの想いが一日も早く形になるといいですね。

主権者教育の必要性

――まちづくりなどの社会参加に対して、いわき市の土地柄みたいなものはありますか。すごく積極的だとか、地元愛が強いとか。

小野: もちろん熱心な人もいますが、全体的には公共意識はさほど高いとは言えないかな。

――菅総理の総裁選のときに『自助・共助・公助』というワードが話題になりました。『共助』はいわゆる市民性みたいなものに支えられている部分が大きいと思います。『共助』は、今、すごくネガティブに捉えられていますよね。自治会・町内会やPTAみたいな昔ながらのしくみに対して「強制するな」と、横のつながりを持とうとすることに反発する声は年々大きくなっていると感じます。

小野: 「お互いさま」で助け合う精神は戦後時間の経過とともに薄れてきているし、個人主義的な風潮が蔓延しているのは確かです。でも、ボランティア精神とかまちづくりとかで立ち上がっている若い世代の人たちもいます。そのような公共心を啓発する教育は今も学校教育の中でなされている面もありますし、大事なことではないでしょうか。

 そういうものは本来家庭で学ぶベきことだと思いますけど、学校の中では例えば道徳の時間もあるし、さまざまな学級活動もあります。その中で協調性だとか助け合いという考え方を意識的に入れて運営することは、大事だと思います。例えば運動会1つやるにしても、上級生が下級生の面倒を見る仕掛けをしたりしていますし、中学校以上だと部活動も非常に大きな学びになっています。

――やはり『学び』は大切ですね。

小野: ええ。私がやりたいと思っていることの1つは、『主権者教育』です。日本は民主主義社会です。民主主義社会の主役は総理大臣でも天皇陛下でもなくて、国民1人ひとりです。主権者としての意識を多くの国民がきちんと持てるかどうかは、教育にかかっていると思います。

 政治のあり方を決める、そのために誰に政治を担わせるのか、それを決めるプロセスとして選挙というものがある。その過程で一定の政策的な議論があった上で、投票行動をしていくのが本来の選挙でしょう。民主主義とは一体何なのか。世の中を良くするために話し合い、決めていく。学級会なんかと基本は一緒です。

 政治が悪いとか役所が悪いと言う人がたくさんいますが、それを形成させているのは有権者なわけですよ。有権者が自分たちの代表として議員を選び、それによって行政が運営されています。社会が大きくなればなるほど、主権者の自分が決めているんだという意識が希薄になってしまいますが、そこをちゃんと分かってもらうということがまずは大事です。

 ヨーロッパやアメリカなどは、革命や数々の社会運動を経て、血を流しながら民主主義社会を獲得してきた歴史があります。日本の場合は、敗戦によってGHQ、特にアメリカが日本を統治することになり、民主主義はそこから与えられたものでした。自分たちで獲得したわけではないのです。そこを改めて確認して、民主主義とはどういうことなのかを多くの人が理解しないと、社会は変わっていかないと思います。

――どの年代の、どんな人たちに、特に主権者教育が必要とお考えですか。

小野: 若い世代ですよ。10代ですね。

――高校生?

小野: 高校生では遅いでしょうね。18歳で主権者になるわけですから、主権者になった時点で主権者とはなんなのかを分かっている必要があります。「自分が投票して何になるのか」と思うかもしれない。でも、その「一票を行使する」ことの意味を、18歳の時点で多くの子たちが理解して行動する。それが単に選挙だけじゃなくて、いろいろな「公」のこと、自治会やPTA、まちづくりとかも含めて、主権者として自分を意識して行動を選択していく。そうなっていかないと、日本の社会は良くならないかなと思います。

自分の意見をちゃんと持つ

――主権者教育というと、何かとても壮大なことのように感じますが、まずはどこから始めていけばいいのでしょう。

小野: まずは「自分の意見」をちゃんと持つという意識づけをする。次に、それを表明することに慣れることですね。慣れればできることなので。そして、人の話をちゃんと聞く。感情的になったり、論理的ではない議論をしてしまったりしてはいけないわけで、コミュニケーションなり、いろいろな基本的なやり方を身につけた上で、冷静に論理的に議論をして、その結果多くの人が「こうしましょう」ということに今度は従っていくというのが、民主主義のあり方じゃないでしょうか。これって、それこそ町内会だろうと学校のクラスの中だろうと同じことですよね。

――なるほど。しかし、これは若い世代に限った話ではないですが、自分の意見をはっきり言ったり、意見の違う他人と折り合いを付けたりという、話し合いがとっても苦手な人が多いような。

小野: 日本社会はそうですね、それは。最近よく言われる同調性圧力みたいなものがそうですけれども、自己主張して、議論の結果ある結論を見出だすという風土は希薄ですよね。

 先ほど言いましたが、戦後、日本は民主主義というものを社会に人工的に植え付けようとしてきました。民主主義のあるべき姿を理解している人もいますが、大半の日本人は何となく空気に流されています。さしたる議論もなく、周囲の多くの人がこうかなと思うところに自分を合わせていこうとする。この風潮は非常に強いです。それがプラスに作用する場合もありますけど、多くの場合よくない結果しかもたらさないと私は思います。

――議論の前に、まずは日常の会話すらままならなくなっているのが現代の子供たちかもしれませんね。核家族が進み、地域のつながりも希薄になって、身近な人とおしゃべりを楽しむ余裕が、大人も子供も年々なくなっているような。

小野: その意味では、やっぱり家族というものをもう一回どう作り直していくかということは非常に大事です。人間としての生き方を身につけながら大人になっていける家族が世の中の多くを占めれば、そこから安定した社会が出来上がってくると思います。とはいえ、家族がどうあるべきかという問題は、政治的にも市民感情的にも意見の分かれるところです。そこに介入するのは、行政としても非常に難しいです。

 われわれ市議会議員も、少しでも多くの市民の皆さんのお考えをお聞きしたい、なるべく市民の皆さんの率直な声はキャッチしたいと思ってはいますが、何十万人もいる市民1人ひとり全部当たるのは、やはりとても難しいことです。

――「市民の声」をいかにして聞き、集約し、社会の仕組みに反映していくか。民主主義の大きな課題でもありますね。

ただ黙って待っていても、状況は変えられない

――最後に、読者へのメッセージをお願いします。

小野: 私は選挙のときは一軒一軒歩きながら、「何かお困りごとはありますか」と聞いています。そういうときには、皆さんいろんなことをおっしゃいますよ。だけど、それにしてもエリア的にはかなり限られてしまいます。数百人の話は聞けますが、数千人とか数万人となると難しいわけです。

 何かに困っているとき、ただ黙って待っていても状況は変えられません。誰かに何かをアプローチしないことには、声なき声はそのまま埋もれてしまいます。その誰かとは、役所に言うということもあるでしょうし、民生委員かもしれないし、議員かもしれないし、あるいは他の誰かかもしれない。自分の『今』を変えようと思ったら、いかなる人も、何らかのアクションは必要です。

――今回は貴重なお話を聞かせていただき、ありがとうございました!

※このインタビューは、2020年11月23日(月)Zoomにて実施いたしました。 

この記事は、(株)きもちとしくみ主筆 前野芽理が書いています。 コラム、販促記事などの執筆のほか、司会業、セミナー支援も承ります。

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